何を言っても面白い。何を聞いてもすごく詳しい。そしてなんだか泣けてくる。建築の魅力に触れた14歳の少女が、高専からハウスメーカー、そしてサンリーへと駆け抜けてきた道のりに、「働くこと」の深い意味が見えてきます。建築士・小林律子さんロングインタビュー(前編)。息継ぎなしで、どうぞ。

小林 律子(Kobayashi Ritsuko)
富山県出身。石川高専で建築を学んだ後、富山のハウスメーカーに就職し7年半勤務。結婚を機に石川に移住し、同時にサンリーホームに入社(2014年)。建築部門を立ち上げる。趣味はホタルイカ釣り。

注文住宅のプロから建売のプロへ。両方を知るから語れる、建売の魅力とは?

ーー小林さんは高専で建築を学び、以来ずっと建築士としてご活躍です。そもそもこの職業を志したきっかけはいつ頃に遡るのでしょうか。

小林さん:14歳のときですね。その年に、実家がリフォームをしまして。毎日家の中を大工さんが道具を持ってポンポンやってて、家ってこうやって出来るんだっていうのがどんどん自分の中に蓄積されたんです。印象的だったのは、両親が「L D Kをもっと広くしたいんだけど、どうしたらいいんだろう」って悩んでいて。その時に図面を見た私が、「お風呂と脱衣所をこっちに持ってきて、これをこうしたら、L D K広くなるんじゃない?」って言ったら、「それいい!」って、なんと採用されてその間取りの家になったんですよ(笑)。今見ても、私の提案は家事動線的にも良くて(笑)。私の一言で変えられるんだ!っていうのが鮮烈に残っています。

――当時から間取りのセンスがあったんですね(笑)。でも自分の一言で家の間取りが変わっちゃうって、子供からしたら強烈な出来事でしょうね。それで建築を志して、高専を卒業後は注文住宅を建てるハウスメーカーにお勤めになり、現在はサンリーホームで主に建売住宅の設計をされている、と。前職と今とでどのように違うか、お聞かせいただけますか。

小林さん:サンリーホームも小さい会社ですが、前に働いていたハウスメーカーもこれまた小さい会社で、仕事が細分化されておらず設計以外にも本当になんでもやっていました。「セールスエンジニア」って聞いたことありますか?設計士が営業をして、ついたお客様をそのまま担当し、設計からプランニング、室内のコーディネート、ローンや税金の話にまで踏み込んで引き渡しまで自分が責任を持ってサポートするという、担当者ワンストップみたいなあり方なんですけど、前職はまさにそれをしていました。とにかくお客様との打ち合わせが多いし、長時間にも及ぶしで、連日深夜まで残業するのが当たり前。そういう仕事の傍で、イベントの企画をしたり、チラシを作って配ったりなどもあったので、かなり多岐にわたる経験ができた気がします。仕事が本当に大好きで、毎日夢中でお客様のために奔走したのは今振り返ってもいい時間でした。一方、「注文住宅」という仕組み自体にいくつか疑問も抱いていました。その疑問を、今やっている「不動産会社の建売事業」という枠組みの中で、解決というか、昇華しているところがありますね。

――注文住宅に対して抱いていた疑問ってどんなものですか?

小林さん:注文住宅って、お客様がものすごく頑張らないといけないんだなぁと思っていたんです。何回も何回もお打ち合わせをするという時間的な負担、一つ一つの仕様についてお客様自身が悩んで考えないといけないという負担、そして何よりお金の負担……。たとえば、家そのものは理想通りに建ったけれど、最後の300万、400万が足りなくて外構(※庭や車庫、エントランスなどの美観)が整わないとか、逆に予算にきっちり合わせればすごく小さい家しか建てられないとか、そういうケースがざらにありました。さらに、家のローンを背負ったことで、良い家具を揃えるお金や家族で遊びにいくお金、ちょっと良いものを食べるお金がなくなってしまって、トータルで生活の豊かさが損なわれることもあります。要するに、「身の丈に合ったものを提供する」、それでいて「お客様の理想のマイホームの夢を叶える」のが非常に難しいなと思っていたんです。その点、建売だったらお打ち合わせがない分、だいぶお安くご提供できます。

――なるほど、打ち合わせにかかる人件費が注文住宅の高さの要因でもあったわけですね。言われてみれば、「家」だけが理想通りでも、「暮らし」が理想通りになるとは限りませんね……。とはいえ、建売は安い代わりに「細部まで自分の気に入った仕様にならない」というデメリットもあるような気がするのですが、その点はいかがでしょうか。

小林さん:自分で全て決めるのが好きな人にとっては、注文住宅の方が楽しいのは間違いないと思います。ただ、先ほども言ったように、現実には予算の制限もあるため、注文住宅だからといって必ずしも完全に自由にお客様が決められているわけではありません。また、土地の制限というものもあるんです。

――土地の制限って、たとえばどういうものでしょう?

小林さん:土地の形状や日当たりからして、リビングはこっちに作って、水回りはこっちに作った方がいいだろうとか、この間取りが最も広々と感じられるとか、建築士から見た最適な状態、いわば土地と建物の相性みたいなものがあるんですね。これは、その土地ごとに全部微妙に異なります。一方で、お客様はお客様で、こういう間取りで暮らしたいというご要望があります。当然そのご要望を無視するわけにいきませんから、丁寧に日当たりなどを説明しながら現実的な落としどろを探って建てていくわけですが、建ってみたらやっぱり日当たりが微妙だとか、こんなに狭いと思わなかったとか、車の出し入れがしにくいとか、そういう不満や小さな後悔が出てきてしまうんです。千坪の土地と潤沢な予算があればこんなこと起きませんよ?(笑)。でも多くのお客様が、そうではありませんから。

――プロとして現実を見たベストな提案と、お客様のご要望との間で常にジレンマを抱えてお仕事されていたんですね。

小林さん:そう、そうなんです。いつも、「これって本当にお客様のためになっているのかな?」って。でも建売なら、建築士としての私の判断でベストな家を建てた上で、お客様の側ももう建っている家を直接見て吟味して買うので、日当たりも狭さも「思っていたのと違う」なんてことには絶対ならないですよね。気に入らなければ買わなければいいだけなので、シンプルなんです。それに、「自分の理想のマイホームが、建売としてすでに建っていた」に近い状況って、作れるんじゃないかなと思ったんですよ。実は前職の最後の方に建てた注文住宅で、ものすごくお客様に喜ばれた一軒があったんです。一階の、お風呂に通じる2畳くらいの空間にファミリークロークがあり、干した洗濯物を畳まずにそのまま着られて、しかも幼稚園や職場に行く時もそこを通って着替えてそのまま玄関まで行けるようになっている家でした。引き渡し後の点検で伺った時も、お客様は「これ本当に便利!」と大満足されていて。それで私、「そうか、これを建売でやればいいんだ!」って気付いたんです。こんなに喜ばれた家なんだから、建売を最初からこの間取りで建てよう!って。この一軒に限らず、7年半の間その会社で注文住宅を建てていて得られた幾つもの小さな工夫を今建てている建売住宅に全部詰め込んでいます。

――小林さんのこれまでの知見が全部建売に入っているんですね。そんな魅力的な建売が続々建っていると思うと鳥肌です。いやちょっと、お話を聞いていて建売のイメージが変わってきました。

小林さん:ありがとうございます。家は建売で安く買って、家具、照明、カーテンにきちんとお金をかけるのも魅力的な空間を作る上でかなり良い選択なんだとぜひ覚えておいてください(笑)。もう一つ建売の良さを付け加えるなら、打ち合わせが少ないというのは、私にとってもありがたいんですよね。前職では、お客様のお仕事が終わる19時や20時にご自宅に伺って、長い時では深夜0時まで打ち合わせして、また一時間かけて会社に戻って、という生活でした。私は仕事が趣味みたいな人間だし、当時は独身だったからそれでも良かったけれど、今みたいに結婚して子育てもしているとあの働き方はまず無理なわけで。その点で建売は、設計士にとってもお客様にとっても負担が少なくWin-Winのあり方だと思います。

――建売と注文住宅の、建てる側からみた基本的な違いについてここまで具体的に教えていただきありがとうございました。きっと読者の学生さんも「そんなこと初めて知った!」「言われてみればそうかも!」の嵐だったと思います。後編では現在の仕事についてより詳しくお聞きしたいと思います。

(後編「手札の多さが不動産会社の最大の魅力。「みくりと平匡の部屋」もどこかに!?」に続きます。)